玉鬘 (たまかづら) 十四首
舟人も たれを恋ふとか 大島の うらがなしげに 声の聞こゆる
乳母の娘(姉)(唱和歌)
【意訳】
舟人はいったい誰を恋い慕っているのでございましょうか。大島の浦辺に、もの悲しい声が響いてまいります。
※都より筑紫へ下向する玉鬘と、その乳母一行の旅路にて、主人であった夕顔を恋い慕う情を託した歌。
来し方も 行方も知らぬ 沖に出でて あはれいづくに 君を恋ふらむ
乳母の娘(妹)(唱和歌)
【意訳】
これまで歩んできた道も、これから進むべき方角も定かならぬまま、はるかな沖へ漕ぎ出し――。いったいどの方角に心を寄せて、あなたさまを恋い慕えばよいのでございましょうか。
※亡き夕顔を偲び、慕情を寄せる歌。
君にもし 心違はば 松浦なる 鏡の神を かけて誓はむ
大夫監 ⇒ 乳母(贈歌)
【意訳】
姫君のお心にもし違えるようなことがあれば、いかなる御罰をも甘んじてお受けいたしましょうと、松浦にまします鏡の神にかけて誓い申し上げます。
※粗野な田舎者である大夫監が、玉鬘に求婚した際の歌。
年を経て 祈る心の 違ひなば 鏡の神を つらしとや見む
乳母 ⇒ 大夫監(返歌)
【意訳】
長年祈り続けてきた心がもし違えられるならば、そのときは鏡の神をつれなき御神と恨み申し上げることでございましょう。
※「祈る心」は玉鬘と大夫監の縁ではなく、玉鬘を都へ上らせ、幸せな結婚を願う乳母の思いを指す。
浮島を 漕ぎ離れても 行く方や いづく泊りと 知らずもあるかな
兵部の君 ⇒ 玉鬘(贈歌)
【意訳】
浮き島のごとく思われたこの地を舟にて離れて参りますが、いずこに身を落ち着けられるとも分からぬ、はかない我が身の上でございます。
※兵部の君は女房のひとり。玉鬘と共に都へ上る。
行く先も 見えぬ波路に 舟出して 風にまかする 身こそ浮きたれ
玉鬘 ⇒ 兵部の君(返歌)
【意訳】
行く先も定かならぬ波の道に舟を出し、ただ風のまにまに漂うばかりのわが身こそ、はかなく頼りなきものでございます。
※「浮き」には「憂き」を掛ける。
憂きことに 胸のみ騒ぐ 響きには 響の灘も さはらざりけり
乳母(独詠歌)
【意訳】
辛き出来事に胸ばかりが騒ぎましたゆえ、それに比べれば響の灘も、まことに大したことではございませなんだ。
※乳母は大夫監が舟を追って来はせぬかと、はらはらしていた。
二本の 杉のたちどを 尋ねずは 古川野辺に 君を見ましや
右近 ⇒ 玉鬘(贈歌)
【意訳】
長谷寺の二本杉を訪れずにおりましたならば、古川の辺りにて再び姫君にお目にかかることができましたでございましょうか。
※古今集の歌を踏まえ、玉鬘と右近の再会を寿ぐ歌。
初瀬川 はやくのことは 知らねども 今日の逢ふ瀬に 身さへ流れぬ
玉鬘 ⇒ 右近(返歌)
【意訳】
昔のことは存じませぬけれども、今日こうしてあなたさまと逢瀬を得ましたうれしさに、涙に押されてこの身までも流れてしまいそうに存じます。
知らずとも 尋ねて知らむ 三島江に 生ふる三稜の 筋は絶えじを
光源氏 ⇒ 玉鬘(贈歌)
【意訳】
今はお心にお覚えなくとも、いずれお耳にすればお分かりくださりましょう。三島江に生い茂る三稜草の筋のごとく、我と姫君との御縁は、深きものゆえでございましょう。
数ならぬ 三稜や何の 筋なれば 憂きにしもかく 根をとどめけむ
玉鬘 ⇒ 光源氏(返歌)
【意訳】
数にも入らぬこの身はいかなる筋にて、この世に生を享けたのでございましょう。
恋ひわたる 身はそれなれど 玉かづら いかなる筋を 尋ね来つらむ
光源氏(独詠歌)
【意訳】
変わらず恋い慕い続ける我はそのままなれど、姫君はいかなる御縁に導かれて、ここにおはしたのでございましょうか。
着てみれば 恨みられけり 唐衣 返しやりてむ 袖を濡らして
末摘花 ⇒ 光源氏(贈歌)
【意訳】
この唐衣を身にまとってみれば、かえって恨めしく思われます。ご返進申し上げとうございます。涙に濡れた袖を添えて。
返さむと 言ふにつけても 片敷の 夜の衣を 思ひこそやれ
光源氏 ⇒ 末摘花(返歌)
【意訳】
着物を返そうと仰せになるにつけても、ひとり寝の夜をお過ごしあそばすお心のほどを、しみじみとお察し申し上げます。
※この和歌「いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣を返してぞ着る」(古今集 恋二、545、小野小町)を踏まえます。
平安時代には、衣を裏返して着て寝ると、思い焦がれる方の夢をご覧になることができる、という風習が伝えられておりました。
この和歌における「着物を返す(返却する)」の表現は、実際には「衣を裏返して着る」という意味に巧みに置き換えられたものでございます。

初瀬川 はやくのことは 知らねども 今日の逢ふ瀬に 身さへ流れぬ
玉鬘 ⇒ 右近(返歌)
叙情性の高さ
過去を振り返りつつ、今日の逢瀬の喜びに胸を打たれる心情が、非常に繊細に描かれております。
言葉の掛詞の美
「早く」は川の流れの速さと過去の時期、「流れ」は涙と川の流れを掛けており、多層的な意味が重なっています。
女性的感性の表現
身をも涙に押されるように感じる描写は、読者に寄り添う繊細さと上品さがあり、女性的叙情の極みを感じさせます。
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