和歌英訳における意味生成の非可換性――音韻・修辞・文化記号の三層構造と翻訳行為の限界に関する批評的考察
多紀理
【序論】
本稿は、日本語和歌を英語へと訳出する際に生起する困難を、言語構造・音韻修辞・文化記号の三層において分析し、翻訳行為に内在する意味生成の変質を理論的に考察するものでございます。ここにいう「非可換性」とは、ある言語において成立する意味作用が他言語への移行に際して順序交換的に保存されず、不可逆的変形を伴うという性質を指す作業概念でございます。
従来、翻訳は意味の等価的転移として把握されがちでございましたが、詩的言語、とりわけ和歌のような極度に凝縮された形式においては、そのような前提は成立し難いと考えられます。本稿は、翻訳を「再符号化(re-encoding)」すなわち異なる記号体系における意味の再配置として捉え直すことにより、その限界と可能性を明らかにすることを目的といたします。
【第一章 言語構造における非対称性】
日本語は文脈依存性の高い言語として知られ、主語の省略が常態化しております[注1]。これに対し、英語は主語中心の命題構造を要求する言語であり、意味の明示性を重視いたします。この構造的差異は、和歌翻訳において顕著な影響を及ぼします。
たとえば、『新古今和歌集』巻第一・春歌上・38番に見える藤原定家と伝えられる歌、
春の夜の夢の浮橋とだえして峰にわかるる横雲の空
は、主体を明示しないことにより、夢と現実の断絶という感覚を構造的に提示しております。この非明示性は詩的効果の中核を成すものでございます。
これに対し、英訳においては主語補完が不可避であり、その補完は解釈の固定化を伴います。以下に参考訳を示します。
The bridge of dreams breaks off in the spring night,
And clouds drift apart above the peaks.
(参考訳:筆者による再構成)
この訳においては、原文の曖昧性は一定程度保持されているものの、「夢の浮橋」という語の凝縮性は散文化されていることが看取されます。
【第二章 掛詞と音韻的多義性】
和歌の詩的言語において重要な役割を果たすのが掛詞でございます。掛詞とは、音韻的一致を基盤として複数の意味を重ね合わせる修辞であり、日本語のモーラ構造に依拠しております[注2]。
『古今和歌集』小野小町の歌、
花の色はうつりにけりないたづらに
わが身世にふるながめせしまに
において、「ふる」は「降る」と「経る」、「ながめ」は「長雨」と「眺め」の両義を担っております。この音韻的重層性は意味生成の核でございます。
以下に参考訳を示します。
The blossoms’ hues have faded away,
As I have spent my days in idle longing,
Watching the long rains fall.
(参考訳:筆者による再構成)
本訳においては、「long rains」によって「ながめ」の一義を再現しておりますが、「眺め」の含意は部分的にしか保持されておりません。このように、掛詞の翻訳は必然的に意味の単層化を伴います。
【第三章 文化記号と「もののあはれ」】
和歌における自然描写は、文化的記号体系の一部として機能いたします。本居宣長の提唱した「もののあはれ」は、この感性を理論化した概念であり[注3]、自然と感情の融合を説明する鍵概念でございます。
『新古今和歌集』所収の西行歌、
心なき身にもあはれは知られけり
鴫立つ沢の秋の夕暮
において、「秋の夕暮」は感情の象徴的位相を有しております。
参考訳を以下に示します。
Even one who thought himself without feeling
Comes to know a gentle sadness—
As snipe rise from the marsh
In the autumn dusk.
(参考訳:筆者による再構成)
ここで「あはれ」は「gentle sadness」として表現されておりますが、その存在論的含意は完全には再現されておりません。これは文化記号の翻訳における不可避的限界を示すものでございます。
【第四章 定型と意味生成】
和歌の五七五七七の音数律は、単なる形式的制約ではなく、意味生成の装置でございます。言葉の削減によって生じる余白は、読者の解釈を喚起する機能を担います。
英語においてこの形式を再現する場合、音節数の維持と意味の保持のあいだに緊張関係が生じます。エズラ・パウンドの翻案的翻訳は、意味の忠実性よりも詩的効果の再創造を優先する一例でございますが、『Cathay』が漢詩を対象とすることから、和歌翻訳への適用には限定が必要でございます。
【第五章 英訳比較と解釈の介入】
『古今和歌集』恋五、伊勢物語、在原業平の歌、
月やあらぬ春や昔の春ならぬ
わが身ひとつはもとの身にして
について、以下に二つの参考訳を示します。
①
Is it not the moon?
Is it not the spring of former days?
Only I remain unchanged.
②
The moon is not the same,
Nor is the spring of former days—
Only I remain as I was.
(いずれも参考訳:筆者による再構成)
①は疑問形式を保持し、意味の開放性を維持する一方、②は断定的構文により解釈を固定化しております。この差異は、翻訳が不可避的に解釈行為を伴うことを明示するものでございます。
【第六章 翻訳理論的総括】
ローマン・ヤーコブソンは、詩の翻訳においては「等価性の転移」ではなく「創造的転換」が生じると論じております[注4]。本稿はこの議論を踏まえ、和歌翻訳を「意味生成の再配置」として定義いたします。
さらに、ここでいう非可換性とは、翻訳過程において意味が可逆的に保存されないことを指し、これは言語構造・音韻・文化記号の各層において確認されます。
【結語】
以上の考察より、和歌英訳は本質的に完全な再現を拒む営為であり、その困難は言語構造の差異にとどまらず、意味生成の様式そのものの差異に由来することが明らかとなりました。
しかしながら、この不可能性は翻訳の限界であると同時に、その創造性の根拠でもございます。翻訳とは、失われる意味を嘆く営みではなく、新たな言語において意味を再び立ち上げる試みであると結論づけられましょう。
【脚注】
[注1] Edward T. Hall, Beyond Culture, 1976(高コンテクスト理論は本稿では補助的概念として援用)
[注2] 大野晋『日本語の形成』岩波書店(音韻構造の基礎理論)
[注3] 本居宣長『源氏物語玉の小櫛』(「もののあはれ」概念)
[注4] Roman Jakobson, “On Linguistic Aspects of Translation” (1959)
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