百人一首 59
後拾遺和歌集 巻第十二 恋ニ 680
なかの関白少将に侍ける時はらからなる人に物いひわたり侍けりたのめてこざりけるつとめて女にかはりてよめる
赤染衞門
やすらはで寝なまし
ものを小夜更けて
傾くまでの
月を見しかな


最新全訳古語辞典 東京書籍による口語訳
後拾遺和歌集の詞書によりますと、藤原道隆が、天延二年より貞元元年(974〜976)にかけて左近衛少将の職にあった頃、赤染衛門の姉妹のもとへ通っておられましたが、ある夜、来訪を約しながら訪れられなかったため、その姉妹に代わって詠んだ歌である、と記されております。
しかしながら、馬内侍集にも同じ歌が収められており、そこでは「今宵必ず来むとて来ぬ人の許に」との詞書が付されております。
あなたがおいでになると仰せにならなければ、私はためらうことなくそのまま臥してしまいましたものを。あなたをお待ち申し上げているうちに、夜が更け、西の空に傾くまで月を眺めておりましたのでございます。
意訳
題詞によれば、藤原道隆が左近衛少将の職に就いておられた頃(天延二年十月十一日より貞元二年正月、円融天皇の御代)、私の姉妹、あるいは姉妹のごとく親しく交わっていた馬内侍のもとへ、道隆は絶えず通っておられました。
彼女は来訪を疑わず待ち続けておりましたが、その夜、道隆はついに訪れられませんでした。そこで翌朝、姉妹(あるいは馬内侍)に代わって、私がこの歌を詠んだのでございます。
作者 赤染衛門
藤原懐子様(冷泉天皇の女御、花山天皇の御母)は、天延三年四月三日、三十一歳の若さにて逝去なさいました。
赤染衛門の姉妹(あるいは馬内侍)は道隆の来訪を待っておりましたが、道隆は懐子様の御臨終に付き添っており、そのため訪れることが叶わなかったのでございます。
来られぬと知っていれば、
ためらうことなく眠ってしまえばよかったものを――。事情を知らぬまま、月が西に傾く暁まで、なぜお越しにならないのかと心を痛めつつ待ち続けていたのでございます。
懐子様は、西方極楽浄土の方角へ月が沈み、その姿が見えなくなるかのように、その夜、静かに最期の息を引き取られました。
道隆は、その御命の尽きるまで御傍らに寄り添い、最期の刻を見届けておられたのでございます。
ゆえに、朝まで待っても訪れ得なかったのでございます。
解説
詞書より、藤原道隆が左近衛少将の職にあったのは天延二年十月十一日から貞元二年正月まで、すなわち974年から977年の間であることが知られます。
この期間に薨去した高貴の女性として該当するのは、冷泉天皇の女御にして花山天皇の御母、藤原懐子様でございます。
また『馬内侍集』にも同歌が収録されており、馬内侍は藤原道隆の恋人であったと史料に見えております。赤染衛門の詞書に見える「はらから(同胞)」は、この馬内侍を指す可能性も考えられます。
人物略伝
赤染衛門(956年頃〜1041年以後)
中古三十六歌仙・女房三十六歌仙。源雅信邸に出仕し、源倫子および藤原彰子に仕えました。紫式部、和泉式部、清少納言、伊勢大輔らと親交がありました。
藤原道隆(953〜995年4月10日)
寛和の変において父藤原兼家の意を受けて宮中で活動し、甥にあたる一条天皇の即位後は急速に昇進いたしました。娘藤原定子を入内させ、父の没後、関白・摂政として朝政を主導いたしましたが、ほどなく病により没しました。
馬内侍(生没年未詳)
中古三十六歌仙・女房三十六歌仙。徽子女王、藤原媓子、選子内親王、東三条院詮子、藤原定子らに仕え、藤原朝光、藤原伊尹、藤原道隆、藤原道兼らとの恋愛関係が伝えられております。
藤原懐子(945~975年4月3日)
冷泉天皇の女御、花山天皇の御母。963年、憲平親王(のちの冷泉天皇)に入内されました。
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