新古今和歌集 巻第十五 恋歌五 1361
中納言家持に遣はしける
山口女王
塩竈の前に
浮きたる浮島の
浮きて思ひの
ある世なりけり

新編日本古典文学全集「新古今和歌集」訳者 峯村文人 小学館)の訳
中納言家持に詠み贈った歌
山口女王
火の絶えない塩竈の前の波に浮いている浮島ではないのですが、心が落ち着かないで、思いという火の絶えないでいる、あなたとの仲であることです。
意訳
題詞:中納言家持に奉りし歌
作者:山口女王
大伴家持卿は、785年8月28日に薨去されました。
その後まもなく、同年9月24日、藤原種継暗殺事件への関与を理由として官籍を除かれております。
かかるつらき現実を目のあたりにして、わたくしの目の前は、ただ涙に濡れております。
心は定まらず、もの憂き思いに沈んでおりますけれども、あなたをお慕い申し上げるこの情だけは、なお激しく胸のうちに湧き起こってまいります。
かつて契りを交わしたわたくしたちは、いまやあの世とこの世とに隔てられ、はるか遠く離れてしまわれたのですね。
解説
山口女王と大伴家持とのあいだに、男女の情誼が存したか否かは、なお定かではございません。
山口女王に関する史料はきわめて乏しく、そのため本歌の解釈には少なからぬ困難が伴います。仮に両者が恋仲にあったとしても、この歌意は単なる死者への追慕にとどまるものではないように思われます。
家持卿の薨去ののち、藤原種継暗殺事件が勃発し、家持卿はその首謀者のひとりと見なされ、除名されました。
本歌には、そのような政治的激動と死後の名誉失墜という重い事情が影を落としているものと考えられます。
すなわちこれは、亡き人への恋慕のみならず、その死後にまで及んだ不遇を悼む挽歌として読むこともできましょう。
山口女王:生没年未詳。
大伴家持(718年頃〜785年8月28日、享年68)
父は大伴旅人。
大伴家持は三十六歌仙のひとりとして知られます。
783年(66歳)、中納言に任ぜられました(桓武天皇御代)。
歴仕した天皇は、
聖武天皇、
孝謙天皇、
淳仁天皇、
称徳天皇、
光仁天皇、
桓武天皇の六代にわたります。
783年より皇太子・早良親王の春宮大夫を務めました。
785年9月24日、藤原種継暗殺事件への関与を理由として除名。
その後、806年3月17日に復位し、従三位を追復されました。
しほがま(塩竈):塩竈市。
松島湾沿岸に位置し、平安時代には製塩地として名高い土地でした。
鹽竈神社の門前町としても栄え、松島湾を望む一帯は「塩釜の浦」と称されました。
古来、多くの和歌に詠み込まれた名所でございます。
また、源融がその邸宅・河原院にこの景を模した庭園を設けたことでも知られております。
『日本古典文学全集』脚注
『古今六帖』には作者を山口女王と伝えておりますが、
その作風を仔細に検討すると、むしろ平安時代歌人の作と見る説が有力であるとされております。
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