翻刻作業の困難性と研究上の意義
――博士論文の執筆における原資料の判読・翻刻をめぐって――
多紀理
はじめに
古典文学および日本文化史を研究する際、原資料を直接読み解くことは、研究の根幹にかかわる重要な営みです。とりわけ、写本・古文書・版本などを研究対象とする場合、すでに活字化された翻刻本文や校訂本文だけに依拠するのではなく、可能な限り原資料そのものに立ち返り、その文字、書写・印刷の状態、書物としての構成を確認することが望ましいと考えます。
古典籍に記された文字は、現代の日本人が日常的に使用する文字とは大きく異なる場合があります。とりわけ、江戸時代以前の資料には、現在では通常用いられない変体仮名や異体字、さまざまな書体の漢字、連綿した仮名などが見られます。国文学研究資料館は、現在の平仮名が基本的に1種類であるのに対し、かつては同じ音に対して複数の漢字を字母とする平仮名が用いられていたことを説明しています。たとえば、「あ」には「安」だけでなく「阿」「愛」、「い」には「以」だけでなく「移」「意」などが字母として用いられました。こうした文字が、今日の私たちにとってくずし字を読みにくいものとしている一因となっています。
このような原資料の文字を判読し、その結果を研究上利用可能なテキストとして提示する作業が「翻刻」です。ただし、翻刻は単に「くずし字を現代の文字へ直す」作業ではありません。原資料に記された文字をどのように読むかを判断し、その判断に基づいて一定の方針のもとに本文をテキスト化する必要があります。したがって、翻刻には、文字そのものに関する知識だけでなく、古典語、文法、作品、書誌、資料の成立事情などに関する総合的な判断が求められます。
国文学研究資料館編『古典籍研究ガイダンス――王朝文学をよむために』には、小林健二氏による「翻刻と校訂――日本古典文学作品を読むために」が収録されており、翻刻と校訂が古典文学研究における重要な研究方法として位置づけられていることが確認できます。
本稿では、以上を踏まえ、翻刻作業がなぜ困難なのかを考察し、その困難性が研究上どのような意味を持つのかを検討いたします。そのうえで、翻刻を本文研究、書誌学、デジタル・ヒューマニティーズ等との関係から捉え直し、博士論文を執筆する際に翻刻作業をいかなる方法論として位置づけるべきかについて考えてまいります。
1.翻刻とは何か――判読・翻刻・校訂の区別
まず、翻刻という研究行為を考えるためには、「判読」「翻刻」「校訂」という概念を区別しておく必要があります。
本稿では便宜上、原資料に記された文字が何であるかを読み取る行為を「判読」、その判読結果を一定の方針に従って文字化し、テキストとして提示する作業を「翻刻」、複数の伝本や版本等を比較して本文の異同を検討し、研究上の根拠に基づいて本文を整える作業を「校訂」として区別いたします。
この区別は、実際の研究工程が常にこの順番に固定されるという意味ではありません。翻刻を行いながら校合を行い、他本との比較によって判読を修正する場合もあります。したがって、判読・翻刻・校訂は相互に関連する研究行為として捉えることが適切です。
石井久雄「本文批判」は、古代語文献の本文批判について、文献学の成果に基づく「良質な翻刻および校訂本文」が提示されてきたことを指摘しています。これは、翻刻が本文研究から切り離された単なる作業ではなく、本文批判の成果を提示するための重要な基盤となっていることを示すものと考えられます。
また、翻刻と現代語訳も明確に区別する必要があります。国文学研究資料館・CODHが公開するデータセットでは、たとえば江戸時代の料理書について、「翻刻・現代語訳・レシピ化」という別々の工程によってデータが構成されています。すなわち、翻刻は原資料の文字をテキスト化する作業であり、現代語訳はその内容を現代の日本語へ移し替える別個の作業です。
この区別を曖昧にしてしまいますと、翻刻本文に研究者自身の解釈を過度に入り込ませる危険があります。したがって、博士論文において翻刻本文を提示する場合には、どこまでが原資料の文字に基づく記述であり、どこからが研究者による判断・校訂・解釈であるのかを明確にしておくことが大切です。
2.翻刻作業が困難である理由
翻刻作業の第一の困難は、現代とは異なる文字体系を理解しなければならないことです。
とりわけ変体仮名については、同じ音に対して複数の字母が存在するため、現代の平仮名だけを知っていれば読めるというものではありません。国文学研究資料館が示すように、「あ」には「安」「阿」「愛」など、「い」には「以」「移」「意」など、複数の字母が用いられていました。さらに、同じ漢字を字母としていても、くずし方が異なることによって、形が大きく異なって見える場合があります。
第二の困難は、文字の字形が必ずしも一定ではないことです。特に手書き資料では、書き手の筆癖、筆勢、文字の位置、前後の文字との連綿などによって、同じ文字が異なる形で現れることがあります。版本においても、版下の書風や彫刻・印刷の条件などによって、文字の見え方に差が生じ得ます。
したがって、翻刻者は一文字を孤立した記号として認識するのではなく、同一資料内の別の用例や前後の文脈を参照しながら判読する必要があります。
第三の困難は、資料そのものの状態です。古典籍には、虫損、破損、汚損、かすれなどが生じている場合があり、文字の一部が判然としないこともあります。このような場合には、目視できる形だけから文字を決定することが難しくなります。
さらに、古典籍の翻刻には、文字の字形だけでは決定できない問題があります。山本純子・大澤留次郎は、くずし字を含む古典籍のOCRについて、文字画像の認識だけではなく、文脈的に判断しなければならない問題にも言及しています。したがって、翻刻は単純な文字画像の置換ではなく、文脈を踏まえた判断を必要とする作業であることが確認できます。
このように考えますと、翻刻作業には、くずし字に関する知識だけでなく、古典文法、語彙、作品に関する知識、資料の書誌的理解などが複合的に関係していることが分かります。
3.「読めること」と「正確に翻刻すること」
翻刻を行う際に、とりわけ重要なのは、「読めること」と「正確に翻刻できること」を区別することです。
くずし字を学び始めた段階では、文字を見ておおよその音や語を推測できるようになることが大きな進歩となります。しかし、研究資料として翻刻本文を提示する段階では、単に「意味が通る」だけでは十分ではありません。その文字が本当にそのように書かれているのか、別の字である可能性はないのか、同じ資料の他の箇所ではどのように書かれているのか、といった検討が必要になります。
たとえば、ある文字が一見すると「こ」に見えたとしても、同一資料中の他の「こ」と比較すると異なる字である可能性があります。また、前後の語句から判断して別の読みを採るべき場合もあります。
したがって、翻刻では、判読して入力した後に、原資料画像へ立ち返って再確認するという循環的な作業が重要になります。とりわけ博士論文では、翻刻した本文そのものが論証の根拠となる場合がありますので、判読上の疑義をそのままにせず、可能な限り根拠を明示する姿勢が求められます。
ここで大切なのは、判読できない箇所を無理に「読めたこと」にしないことです。学術研究においては、確定できないものを確定したかのように提示するよりも、判読不能・疑義あり・推定などの状態を明示するほうが、むしろ誠実です。
翻刻は、文字を「読む」ことから始まりますが、最終的には、その読みを第三者が検証できる形で提示するところまでを含めて考える必要があります。
4.翻刻と本文研究
翻刻が重要である最大の理由の一つは、本文研究の基礎となることです。
古典文学作品には、複数の写本や版本が伝存している場合があります。それらを比較すると、文字、語句、行分け、脱落、加筆などに異同が見られることがあります。こうした異同を検討するためには、まず各資料を正確に読み取り、比較可能な形にする必要があります。
翻刻に誤りがあれば、資料間の異同そのものを誤って認識することになります。したがって、本文批判においては、原資料を適切に翻刻することが、その後の校合や本文形成を支える重要な工程となります。
石井久雄が論じる「本文批判」の問題は、まさにこの点と関係しています。古代語文献について、文献学の成果に基づく翻刻・校訂本文が提示されてきたことは、原資料をどのように本文として提示するかが、古典文学研究そのものに関わる問題であることを示しています。
さらに、国文学研究資料館編『古典籍研究ガイダンス』では、「翻刻と校訂」が独立した研究法の項目として設けられています。同書には「新出」伝本の探し方、写本の書写年代、古典籍の原本を見る方法、デジタル画像の活用なども収録されており、翻刻が原資料の調査や本文研究と密接に結びついていることが分かります。
5.翻刻と書誌学――文字の背後にある資料の姿
翻刻を行う際には、文字だけを見るのではなく、その文字が存在する「一冊の書物」そのものへ目を向けることも重要です。
古典籍には、本文だけでなく、紙の大きさ、装訂、丁付、匡郭、柱、刊記、奥書、蔵書印、書入れなど、さまざまな書誌的情報が存在します。これらは、資料の成立・伝来・利用の歴史を考えるうえで重要な手掛かりとなります。
この点で、井上宗雄ほか編『日本古典籍書誌学辞典』は、古典籍の書誌学的研究における基本的な参考文献として位置づけることができます。同書は岩波書店から1999年3月に刊行されており、国立国会図書館サーチでも書誌情報を確認できます。
また、国文学研究資料館編『古典籍研究ガイダンス』には、「書誌学の手引き」「奥書・識語」「刊記」「マイクロ資料・デジタル画像の活用」「複製本・影印本の活用」「古典籍の原本を見る」などの項目が設けられています。これらを併せて参照することによって、翻刻を文字情報だけの問題としてではなく、書物そのものを研究対象とする書誌学的問題として捉えることができます。
たとえば、同じ作品について複数の資料が存在する場合、本文だけを比較するのではなく、書写・刊行の時期、資料の形態、刊記や奥書、書入れなどを併せて調査することで、それぞれの本文が成立した過程について、より慎重な考察を行うことができます。
したがって、翻刻作業において「何と読むか」だけでなく、「その文字が資料のどこに、どのような状態で存在しているか」を確認することが大切です。
6.翻刻とデジタル・ヒューマニティーズ
近年、翻刻研究を大きく変えつつあるのがデジタル技術です。
2016年の山本純子・大澤留次郎の研究では、くずし字を含む古典籍を対象として新方式OCRを開発し、原理検証実験において、一定の条件下で80%以上の精度による自動テキストデータ化が可能であることが示されています。ただし、同研究が目指していたのは完全自動化ではなく、人手と自動処理を組み合わせることによる翻刻作業全体の負荷軽減でした。
この点は、現在の研究状況を考えるうえでも重要です。国文学研究資料館は、2024年度から2033年度までの10年間に、デジタル画像をもとに機械可読型の全文テキストデータを整備する事業を進めており、2025年時点の概要では、OCR処理によるテキストデータ27万点を目標とする一方、人手等による校正を経たテキストデータ3,000点を目標として掲げています。
この事実は、翻刻研究において機械処理が重要な役割を担いつつも、校正・確認という人間の研究行為がなお重要な位置を占めていることを示しています。
さらに、CODHの「日本古典籍くずし字データセット」は、古典籍の翻刻テキストを制作する過程で得られるくずし字の座標情報や字形情報を、機械学習および人間の学習のためのデータとして提供しています。2019年11月時点では、44点の古典籍、6,151コマの画像から、4,328文字種、1,086,326文字の字形データが収録されていました。
現在では、このデータセットを活用したAIくずし字認識サービスも提供されています。CODHの公式サイトでは、一文字単位の認識だけでなく、ページ全体をAIで認識するKuroNetくずし字認識サービスや、スマートフォンで撮影した画像を認識する「みを」などが紹介されています。
ここで重要なのは、「AIが翻刻をするようになったから、人間がくずし字を読む必要がなくなった」と考えないことです。むしろ、大量の資料を機械的に処理できるようになったからこそ、研究者が原資料を確認し、認識結果の妥当性を判断する能力が重要になります。
したがって、今後の翻刻研究では、人間による判読とデジタル技術による認識を対立させるのではなく、それぞれの特性を生かしながら組み合わせていくことが望ましいでしょう。
7.翻刻における「判断」の問題
ここまでの検討から、翻刻の困難性は、単純に「くずし字が読みにくい」という問題だけではないことが明らかになります。
より本質的な問題は、翻刻が必ず何らかの「判断」を伴うという点にあります。
原資料に記された一文字を見たとき、それをどの字として認識するのか。異体字をどのように扱うのか。変体仮名を現行の平仮名に直すのか、それとも字母の違いを保持するのか。虫損などによって一部が判読できない場合にどのように表示するのか。これらは、単なる機械的転記ではなく、翻刻方針に基づく研究上の判断です。
この意味で、翻刻は研究者の解釈を完全に排除した作業ではありません。ただし、翻刻と解釈とは同一ではありません。むしろ、どのような判断を行ったのかを明示し、第三者が原資料と照合できるようにすることが重要です。
そのため、博士論文で翻刻本文を提示する場合には、翻刻凡例を設けることが望ましいと考えます。変体仮名、異体字、踊り字、送り仮名、句読点、改行、虫損、判読不能箇所などについて、どのような原則で処理したのかを明示しておけば、読者は翻刻本文と原資料との関係を理解しやすくなります。
また、確定できない箇所については、無理に本文を「整える」のではなく、その不確実性を注記等によって示すことが重要です。翻刻の価値は、すべてを断定することではなく、どこまでが原資料によって確認でき、どこからが研究者の判断であるのかを明確にすることにもあるからです。
8.博士論文における翻刻作業の位置づけ
博士論文を執筆する際、翻刻作業は単なる「下準備」として扱うべきではないと考えます。
もちろん、論文の中心的な課題が作品解釈や文学史的考察にある場合、翻刻そのものが最終目的になるとは限りません。しかし、原資料を研究対象とする以上、翻刻は、その後の議論の信頼性を支える基礎的な研究工程です。
第一に、対象資料を明確にすることが必要です。どの写本・版本を底本とするのか、その資料がどこに所蔵されているのか、書誌情報をどのように確認したのかを明示する必要があります。
第二に、可能な限り原資料画像を確認することが望まれます。デジタル画像を利用する場合にも、画像だけで判断できない事項がある可能性を念頭に置き、必要に応じて原本調査を行うことが重要です。
第三に、翻刻方針を定めます。変体仮名・異体字をどのように扱うのか、どこまで原資料の表記を保持するのか、判読不能箇所をどのように表示するのかなどを明確にします。
第四に、同一資料内の用例を比較し、必要に応じて他本との校合を行います。一つの文字だけを見て判断するのではなく、同じ字が別の箇所でどのように書かれているのかを確認することによって、判読の確度を高めることができます。
第五に、翻刻結果を本文研究や作品研究へ接続します。翻刻によって得られた文字列を提示するだけではなく、その異同が作品の成立、伝承、受容、出版、書写等について何を示唆するのかを考察することが、博士論文として重要になります。
このような段階を踏むことによって、翻刻は単なる作業記録から、検証可能な研究方法へと位置づけられるでしょう。
9.翻刻の困難性そのものが持つ研究上の意味
翻刻の困難性は、研究者にとって負担となる一方で、それ自体が重要な研究情報をもたらす場合があります。
たとえば、ある文字が非常に判読しにくいという事実は、単なる研究者側の知識不足だけを意味するとは限りません。そこには、書き手の筆癖、時代的な書風、資料の保存状態、紙面構成、墨の状態など、さまざまな要因が関係している可能性があります。
また、同じ文字が資料内で異なる形をとる場合、その差異が偶然なのか、書き手や彫師の癖によるものなのか、あるいは資料の成立事情に由来するものなのかを考える必要があります。
したがって、翻刻作業において感じる「読みづらさ」を、単なる障害として処理してしまうのは惜しいことです。その読みづらさの原因を探ることによって、資料そのものの性質について新たな知見を得られる場合があります。
さらに、翻刻の過程で同一資料内の文字を繰り返し観察することによって、作品の表記上の特徴や書写・印刷上の特徴に気づくこともあります。つまり、翻刻は資料を「読む」ためだけの作業ではなく、資料を「観察する」ための方法でもあるのです。
ここに、博士論文における翻刻作業の大きな意義があります。
おわりに
本稿では、翻刻作業の困難性と、その研究上の意義について考察してまいりました。
翻刻は、くずし字や変体仮名を読み取り、原資料に記された文字をテキストとして提示する作業です。しかし、それは決して単純な書き写しではありません。字形、字母、文脈、表記、資料の状態、同一資料内の用例、さらには他本との関係などを考慮しながら、研究者が慎重な判断を積み重ねる必要があります。
そして、この困難性こそが、翻刻の重要性を示しています。
翻刻が不正確であれば、本文の異同を正しく把握することができません。本文の異同を誤って認識すれば、その後の本文批判や作品解釈にも影響が及ぶ可能性があります。したがって、翻刻は本文研究の単なる前段階ではなく、その信頼性を支える基盤的な研究行為であると考えられます。
また、翻刻は書誌学とも深く結びついています。古典籍は、本文だけからなる抽象的な情報ではなく、紙、装訂、書体、版面、刊記、奥書、書入れなどを備えた具体的な一冊の書物です。そのため、翻刻に際して原資料の物質的な状態にも目を向けることは、本文の成立と伝承を考えるうえで大きな意味を持ちます。
さらに、デジタル技術の進歩によって、翻刻研究には新しい可能性が開かれています。OCRやAIによるくずし字認識、字形データベース、機械可読型テキストなどによって、大量の古典籍を研究対象とすることが以前より容易になりつつあります。一方で、国文学研究資料館が現在進めているテキストデータ整備事業にも見られるように、機械による処理と人手による校正は相互に補完する関係にあります。
したがって、今後の博士論文研究においては、デジタル技術を積極的に活用しつつも、最終的には原資料へ立ち返り、自らの眼で文字を確認し、その判断の根拠を示す姿勢を大切にする必要があるでしょう。
翻刻という作業は、一見すると非常に地道で、時間のかかる営みです。新しい解釈や華やかな結論に比べれば、一文字一文字を確認する作業は、いささか迂遠に見えるかもしれません。しかしながら、学術研究の確かさを支えているのは、往々にして、このような地道な積み重ねです。
原資料を一文字ずつ読み、疑問の残る箇所を繰り返し確認し、同一資料内の用例を比較し、必要に応じて他本と校合する。そのような慎ましい作業の積み重ねによって、初めて本文を確かな形で提示することができます。
翻刻とは、過去の人々が残した文字を、現代の研究者が読み取り、次の研究者へ手渡すための橋渡しでもあります。その橋を丁寧に架けることによって、原資料に秘められた本文や文学、思想、文化の諸相が、現在の私たちの前に姿を現します。
博士論文を執筆するにあたっても、翻刻を単なる準備作業としてではなく、研究対象そのものと向き合うための方法論として位置づけることが重要であると考えます。どの文字をどのように読んだのか、その判断にはどのような根拠があるのか、どこまでが確定し、どこに疑義が残るのかを明らかにする。その一つ一つの判断を積み重ねることによって、論文全体の学術的な信頼性もまた高められるのではないでしょうか。
翻刻は、決して華やかな研究作業ではありません。しかし、その静かな営みのなかには、過去の書物と現在の研究者とを結ぶ大切な接点があります。だからこそ、博士論文における翻刻作業に際しては、原資料への敬意を失うことなく、一文字一文字を丁寧に判読し、検証可能な本文を築いていくことが肝要であると考えます。
参考文献・参考資料
1.石井久雄「本文批判」
石井久雄「本文批判」『研究報告集9』国立国語研究所、1988年、1–25頁。DOI: 10.15084/00001110。
古代語文献の本文批判と、文献学に基づく翻刻・校訂本文との関係を考察するうえで重要な論文です。CiNii Researchでは、掲載誌、頁、刊行年月、DOIおよび論文概要を確認できます。
2.小林健二「翻刻と校訂――日本古典文学作品を読むために」
小林健二「翻刻と校訂――日本古典文学作品を読むために」国文学研究資料館編『古典籍研究ガイダンス――王朝文学をよむために』笠間書院、2012年、384–393頁。
翻刻と校訂を古典文学研究の方法として考えるうえで、今回のレポートに特に直接的な参考文献です。書誌情報および収録頁は、図書館書誌情報から確認できます。
3.山本純子・大澤留次郎「古典籍翻刻の省力化:くずし字を含む新方式OCR技術の開発」
山本純子・大澤留次郎「古典籍翻刻の省力化:くずし字を含む新方式OCR技術の開発」『情報管理』58巻11号、2016年、819–827頁。DOI: 10.1241/johokanri.58.819。
くずし字OCRによる翻刻支援について、一定条件下で80%以上の精度による自動テキストデータ化を実証しつつ、人手と自動処理を組み合わせる工程を提示した研究です。
4.井上宗雄ほか編『日本古典籍書誌学辞典』
井上宗雄ほか編『日本古典籍書誌学辞典』岩波書店、1999年。
国立国会図書館サーチにより、編者、出版社、刊行年月、ISBN等を確認できます。古典籍の書誌学的諸問題を調べる際の基本的な参考文献として有用です。
5.国文学研究資料館編『古典籍研究ガイダンス――王朝文学をよむために』
人間文化研究機構国文学研究資料館編『古典籍研究ガイダンス――王朝文学をよむために』笠間書院、2012年。
「翻刻と校訂」のほか、「書誌学の手引き」「奥書・識語」「刊記」「マイクロ資料・デジタル画像の活用」「複製本・影印本の活用」「古典籍の原本を見る」など、今回のテーマに関連する複数の章を収録しています。
6.国文学研究資料館「くずし字って何?」
変体仮名、字母、くずし字の基本的な性質を確認するための公的な研究・教育資源です。「あ」「い」等の具体例を通して、変体仮名の成立と字母について説明しています。
7.ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター「日本古典籍くずし字データセット」
日本古典籍の翻刻テキスト制作過程から得られるくずし字の座標情報・字形情報等を、機械および人間の学習用データとして提供するデータセットです。2019年11月時点のデータ概要も公開されています。
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