古典
新古今和歌集 巻第十四 恋歌四 1317 和歌所の歌合に、深山恋といふことを 藤原秀能 思ひ入る深き 心のたよりまで 見しはそれとも なき山路かな 新編日本古典文学全集「新古今和歌集」(訳者・峯村文人・小学館)の訳 和歌所の歌合に、「深山の恋」といふ題を …
『萬葉集』における性愛表現の身体性――古代日本文学に見る恋と「いのち」の感覚 多紀理 はじめに 萬葉集 は、日本文学史上において最古層に位置する歌集であり、その表現には後代文学には見られない率直さと生命感覚が宿っております。とりわけ恋歌において…
新古今和歌集 巻第三 夏歌 204 題知らず 紫式部 たが里も訪ひもや 来ると時鳥 心のかぎり 待ちぞわびしき 新編日本古典文学全集「新古今和歌集」訳者 峯村文人 小学館)の訳 題知らず 紫式部 誰の里にも訪ねて来るのではないかと思って、ほととぎすを、一心に…
幽玄と配列の詩学 ―『古今和歌集』との対照における『新古今和歌集』の言語構造と秩序志向―(覚書) 多紀理 要旨 本稿は、新古今和歌集を、言語構造・配列原理・文化的機能の観点から再検討するものである。従来の研究が幽玄や本歌取りといった審美的側面に…
百人一首 69 後拾遺和歌集 巻第五 秋下 366 永承四年内裏歌合によめる 能因法師 嵐吹く三室の 山のもみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり 口語訳『最新全訳古語辞典』東京書籍より 激しい山風に吹かれて散っている 三室山のもみぢ葉は、 そのまま竜田川を彩どる…
百人一首 61 詞花和歌集 巻第一 春 29 伊勢大輔 いにしへの奈良の 都の八重桜 けふ九重に 匂ひぬるかな 【口語訳】『最新全訳古語辞典』東京書籍より 「一条院御時ならの八重桜を人の奉りけるをそのをり御前に侍ければそのはなを題にて歌詠めとおほせごとあ…
百人一首 59 後拾遺和歌集 巻第十二 恋ニ 680 なかの関白少将に侍ける時はらからなる人に物いひわたり侍けりたのめてこざりけるつとめて女にかはりてよめる 赤染衞門 やすらはで寝なまし ものを小夜更けて 傾くまでの 月を見しかな 最新全訳古語辞典 東京書…
和歌英訳における意味生成の非可換性――音韻・修辞・文化記号の三層構造と翻訳行為の限界に関する批評的考察 多紀理 【序論】 本稿は、日本語和歌を英語へと訳出する際に生起する困難を、言語構造・音韻修辞・文化記号の三層において分析し、翻訳行為に内在す…
情念・身体・倫理の交錯――みだれ髪における近代女性主体の成立と恋愛詩学の展開 多紀理 与謝野晶子による歌集みだれ髪(明治三十四年刊)は、近代短歌史の転回点として位置づけられるべき作品でございます。本稿では、同歌集に顕著に認められる女性主体の生…
百人一首 58 後拾遺和歌集 巻第十二 恋ニ 709 離れがれなるをとこのおぼつかなくなどいひたりけるによめる 大弐三位 有馬山猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする 口語訳『最新全訳古語辞典』東京書籍より 有馬山近くの猪名の笹原に風が吹くと、い…
百人一首 57 新古今和歌集 巻十六 雑上 1499 はやくより童友だちに侍りける人のとしごろへてゆきあひたるほのかにて七月十日のころ月にきほひてかへり侍りければ 紫式部 めぐり逢ひて見しや それとも分かぬ間に 雲隠れにし 夜半の月影 口語訳『最新全訳古語…
古典読解の方法論的基礎の確立――小西甚一『古文の解読』『国文法のちかみち』の現代的意義と必読性 第一部 古典研究の成立条件としての方法論 古典研究という営みは、しばしば過去の文学作品への感性的接近として理解されがちでございます。しかしながら、学…
古典読解の方法論的基礎の確立――小西甚一『古文の解読』『国文法のちかみち』の現代的意義と必読性 第一部 古典研究の成立条件としての方法論 古典研究という営みは、しばしば過去の文学作品への感性的接近として理解されがちでございます。しかしながら、学…
「到達なき秩序と救済の希求――『城』『方丈記』『歎異抄』における存在不安と超越の問題」 フランツ・カフカの長編小説『城』を拝読いたしますとき、まず深く胸に迫ってまいりますのは、人が自己を超える巨大な秩序の前に立たされたときに経験する根源的孤独…
百人一首 56 後拾遺和歌集 巻第十三 恋三 763 心地例ならず侍ける此人のもとにつかはしける 和泉式部 あらざらむこの世の 外の思ひ出に 今ひとたびの 逢うこともがな 口語訳『最新全訳古語辞典』東京書籍より 私がこの世にあるのも残りわずかでしょうから、…
三島由紀夫文学における存在・美・エロスの形而上学的構造――仮面の告白と金閣寺の比較的考察――(三島由紀夫作品研究・感想文) 本稿において拝読いたしましたのは、三島由紀夫の代表作たる仮面の告白および金閣寺でございます。両作品に向き合いましたとき、…
岡本かの子「鮨」を読む――生命の奔流・官能の認識・都市的実存とりわけ湊という人物を中心とした感想的研究―― 一、はじめに――読むという経験そのものの衝撃 岡本かの子の短編「鮨」(鮨)を拝読いたしましたとき、まず感じ入りましたのは、食を描いた作品で…
静けさの奥にひそむ官能――川端康成『みずうみ』と『山の音』を読むという体験一 川端文学を読むときの不思議な感覚 川端康成の作品を読みますと、わたくしはしばしば、言葉にしがたい静かな震えのようなものに包まれる思いがいたします。物語として大きな事…
百人一首 33 古今和歌集 巻第ニ 春下 84 さくらの花のちるをよめり 紀友則 久方の光 のどけき春の日に しづ心なく 花の散るらむ 口語訳『最新全訳古語辞典』東京書籍より 日の光がのどかな春の日に、どうして落ち着いた心もなく、花は散るのであろうか。 意…
百人一首 28 古今和歌集 巻第六 冬歌 315 冬の歌とてよめる 源宗于朝臣 山里は冬ぞ さびしさまさりける 人目も草も かれぬと思へば 口語訳『最新全訳古語辞典』東京書籍より 山里はいつも寂しいが、冬こそ寂しさのいちだんとまさる季節だったのだ。 人の訪れ…
新古今和歌集 巻第十六 雑歌上 1454 返し 二条関白内大臣 枝ごとのすゑまで にほふ花なれば 散るもみ雪と 見ゆるなるらん 新編日本古典文学全集「新古今和歌集」の訳 返し 二条関白内大臣 枝ごとの末まで美しく咲いている花だから、散るのも、雪のように、ま…
新古今和歌集 巻第十六 雑歌上 1453 高陽院にて花の散るを見てよみ侍りける 肥後 万代をふるに かひある宿なれや み雪と見えて 花ぞ散りける 歌詠 多岐都 新編日本古典文学全集「新古今和歌集」の訳 高陽院で花の散るのを見て詠みました歌 肥後 万代を過ごす…
古今和歌集 巻第一 春歌上 42 初瀬にまうづるごとに、宿りける人の家にひさしく宿らで、 程へてのちにいたれりければ、かの家のあるじ、 「かくさだかになむやどりはある」と、言ひだして侍りければ、 そこにたてりける梅の花を折りてよめる つらゆき ひとは…
古今和歌集 巻第二 春歌下 118 寛平御時后宮歌合の歌 つらゆき 吹く風と谷の水とし なかりせばみ 山がくれの 花を見ましや 日本古典文学全集の訳 寛平御時后宮歌合の歌 紀貫之 花を吹き散らす春風と、その花を里まで運ぶ谷川の水とがもしなかったならば、人…
古今和歌集 巻第八 離別歌 404 志賀の山越えにて いし井のもとにて ものいひける人の別れける折によめる つらゆき 結ぶ手のしづくに にごる山の井の あかでも人に 別れぬるかな 新編日本古典文学全集「古今和歌集」(訳者 小沢正夫 松田成穂 小学館)の訳 志賀…
日本のダム 日本のダム(にほんのダム)とは、日本国内において建設され、管理・運用されている各種ダムを指し、とりわけ治水および利水を主たる目的とする施設を中心として取り扱うものでございます。 なお、個々のダムの詳細につきましては、「日本のダム…
設問一 問 紀貫之『土佐日記』において採用された「女性仮託」という叙述形式は、和歌表現および作品全体の文学的性格にいかなる変容をもたらしたか。漢文日記との比較を踏まえつつ、仮名文体の成立、感情表現の構造、ならびに『古今和歌集』的美意識との関…
【設問一】(頭の体操・お気楽に・・文字数二つ合わせて2000字くらい) 紀貫之『土佐日記』において採用された「女性仮託」という叙述形式は、和歌表現および作品全体の文学的性格にいかなる変容をもたらしたか。漢文日記との比較を踏まえつつ、仮名文体の成立…
鈴虫(六首) 蓮葉を 同じ台と 契りおきて 露の分かるる 今日ぞ悲しき光源氏 ⇒ 女三の宮(贈歌) 【意訳】 来世には同じ蓮の花に生まれ変わろうと、かつてお約束いたしましたのに、その葉に宿る露のごとく、今は離れ離れとなっているこの現実が、誠に悲しゅ…
古今和歌集 巻第十 物名 439 朱雀院の女郎花合の時に、 「をみなへし」といふ五文字を、 句のかしらにおきてよめる つらゆき をぐら山峰たち ならし鳴く鹿の へにけむ秋を しる人ぞなき 古今和歌集 片桐洋一著 笠間文庫の訳 小倉山、その峰を幾度となく踏み…