雲心月性...

慈愛する和歌を拙筆くずし字で紹介致します。

古典

和文の揺籃と歌学の規範──紀貫之の文学的位相

お互い読者になっている凛太郎様のことばを旅するに触発され、少し紀貫之に関して思索をめぐらせてみました。本稿では、平安時代前期の歌人にして和文表現の先駆者たる紀貫之の文学的位相を、歌学・作歌・散文の三つの軸から丁寧に考察いたします。特に、仮…

源氏物語 各巻冒頭文 初音

初音(はつね) 巻名 明石の君が姫君に贈られた御歌「年月を松にひかれて経る人にけふ鶯の初音きかせよ」に拠っております。 本文 年立ちかへる朝の空のけしき、名残なく曇らぬうららかげさには、数ならぬ垣根のうちだに、雪間の草若やかに色づきはじめ、い…

源氏物語 初音 六首

初音 六首 薄氷 解けぬる池の 鏡には 世に曇りなき 影ぞ並べる 光源氏 ⇒ 紫の上(贈歌) 【意訳】 薄氷の解けた池の澄みきった鏡のごとき水面には、世にも稀なる美しき二人の姿が並び映っております。 ※「鏡」の語は「鏡餅」をも想起させます。当時は鏡餅を…

二条の生き様と『とはずがたり』──時代と国境を超えた宮廷日記の必然

二条の生き様と『とはずがたり』──時代と国境を超えた宮廷日記の必然 何百年もの歳月を生き抜き、なお現代に伝わる「古典」と呼ばれる作品は、まことに抜群の存在感を放っているように感じられます。それも無理もございません。数多の手に渡り、現代まで届け…

源氏物語 各巻冒頭文 玉鬘

玉鬘(たまかづら) 巻名 光源氏の歌「恋ひわたる身はそれなれど、玉かづらいかなるすぢを尋ね来つらむ」に由来いたします。 本文 年月隔たりぬれど、飽かざりし夕顔を、つゆ忘れ給はず。心々なる人の有様どもを見給ひ重ぬるにつけても、「あらましかば」と…

源氏物語 玉鬘 十四首

玉鬘 (たまかづら) 十四首 舟人も たれを恋ふとか 大島の うらがなしげに 声の聞こゆる 乳母の娘(姉)(唱和歌) 【意訳】 舟人はいったい誰を恋い慕っているのでございましょうか。大島の浦辺に、もの悲しい声が響いてまいります。 ※都より筑紫へ下向す…

告白

告白 この世において、私が最も大切に思い、そしていつかは言葉として顕すべく温めてきたものを、今ここに記させていただきます。私にとって、この告白はただの自己開示ではなく、「丁寧に生きる」という理念を胸に刻んだ歩みの証でもございます。 わたくし…

神祇と陰陽 ― 日本古代神社制度と陰陽道の交錯

神祇と陰陽 ― 日本古代神社制度と陰陽道の交錯 多紀理 序論 わたくしたちの国の宗教的伝統は、八百万の神々を敬い、森羅万象に神霊を見出すところに始まります。その萌芽は縄文時代の精霊信仰にさかのぼり、弥生時代には稲作祭祀を基盤として広がり、古墳時…

源氏物語 各巻冒頭文 乙女

乙女(をとめ) 巻名 「乙女[少女](をとめ)」とは、五節の舞姫をさす歌語にてございます。ここでは、光源氏が筑紫の五節に贈られた御歌、「をとめごも神さびぬらし天つ袖ふるき世の友よはひ経ぬれば」、また、夕霧が惟光の娘なる五節に贈られた御歌、「日…

源氏物語 乙女 十六首

乙女[少女](をとめ) 十六首 かけきやは 川瀬の波も たちかへり 君が禊の 藤のやつれを 光源氏 ⇒ 朝顔の君(贈歌) 【意訳】 まことに思いも寄らぬことでございました。今日また禊の時が巡り来て、あなたさまのお召しの藤色の喪衣を拝することになろうとは…

源氏物語 各巻冒頭文 朝顔

朝顔(あさがほ) 巻名 本巻は、光源氏と朝顔の姫君との贈答歌――「見しをりのつゆわすられぬ朝顔の花のさかりは過ぎやしぬらむ」「秋はてて霧のまがきにむすぼほれあるかなきかにうつる朝顔」――を典拠としている。 本文 斎院は、御服にており居給ひにきかし…

源氏物語 朝顔  十三首

朝顔 十三首 人知れず 神の許しを 待ちし間に ここらつれなき 世を過ぐすかな 光源氏 ⇒ 朝顔の君(贈歌) 【意訳】 人知れず神の御許しを待ち侍るあひだ、久しく辛苦に満ちた日々を過ごしてまいりましたことにございます。 ※朝顔の君は父の薨去により賀茂の…

八条院 ― 平安王朝に不動産王国を築きし皇女の盛衰

八条院像(安楽寿院蔵) 八条院 ― 平安王朝に不動産王国を築きし皇女の盛衰 多紀理 一般に日本史の学びにおいて「荘園」という語を耳にすることが多うございます。荘園とは、田畑や山林を貴族や寺社が所有し、そこに生きる人々から年貢を受ける仕組みにほか…

「いざよふ月」の愛らしさ ― 不完全のかたちに見出す美

「いざよふ月」の愛らしさ ― 不完全のかたちに見出す美 多紀理 先日、友人が少し興奮した面持ちで、「三日目の月のことだけを三日月と言うのだそうですが、ご存じでした?」と語りかけてまいりました。仕事の帰り道に同僚へ「今宵は美しい三日月が出ておりま…

新古今和歌集 巻第十四 恋歌四 1269

新古今和歌集 巻第十四 恋歌四 1269 題知らず 西行法師 もの思ひてながむる ころの月の色に いかばかりなる あはれ添ふらん 新編日本古典文学全集「新古今和歌集」(訳者 峯村文人 小学館)の訳 題知らず 西行法師 物思いをして見入るこのごろの月の色に、どれ…

源氏物語 各巻冒頭文 薄雲

薄雲(うすぐも) 巻名 光源氏の藤壺哀悼の歌、「入日さす峰にたなびく薄雲はもの思ふ袖に色やまがへる」による。 本文 冬になりゆくまゝに、川づらの住まひいとゞ心ぼそさ増さりて、うはの空なるこゝちのみしつゝ明かし暮らすを、君も、「なほかくてはえ過…

源氏物語 薄雲 十首

薄雲 十首 雪深み 深山の道は 晴れずとも なほ文かよへ 跡絶えずして明石の君 ⇒ 乳母(贈歌) 【意訳】 雪が深く積もり、この奥山の道は閉ざされましょうが、都からのお便りだけは、どうか絶えずお届けくださいませ。 ※「文」と「踏み」の掛詞。「雪」と「晴…

新古今和歌集 巻第十四 恋歌四 1265

新古今和歌集 巻第十四 恋歌四 1265 題知らず 肥後 面影の忘れぬ 人によそへつつ 入るをぞ慕ふ 秋の夜の月 新編日本古典文学全集「新古今和歌集」(訳者 峯村文人 小学館)の訳 題知らず 肥後 面影の忘れられない人になぞらえなぞらえして、入っていくのを慕い…

ケンブリッジ大学ダウニング・コレッジ夏季講座における日本古典和歌の学びとその意義

Conversion to svg. Inkscape displays the file correctly, but Firefox misinterprets the bounding box for some of the blurred elements The Study and Significance of Classical Japanese Waka Poetry at the Summer Programme of Downing College, U…

小泉八雲『雪女』論 ― 異文化的想像力と日本的怪異の交錯

小泉八雲『雪女』論 ― 異文化的想像力と日本的怪異の交錯 多紀理 はじめに 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン、一八五〇–一九〇四)は、明治の世において、日本の怪談や民話を英語で世に伝えた文筆家として広く知られております。彼の著作『Kwaidan: Stories a…

新古今和歌集 巻第十一 恋歌一 1073

新古今和歌集 巻第十一 恋歌一 1073 百首歌奉りし時 摂政太政大臣 梶緒を絶え由良の 湊に寄る舟の たよりも知らぬ 沖つ潮風 新編日本古典文学全集「新古今和歌集」(訳者 峯村文人 小学館)の訳 百首の歌を差し上げた時 摂政太政大臣 梶の綱が切れ由良の湊に寄…

新古今和歌集 巻第十二 恋歌二 1100

新古今和歌集 巻第十二 恋歌二 1100 題知らず 西行法師 数ならぬ心の とがになし果てじ 知らせてこそは 身をも恨みめ 新編日本古典文学全集「新古今和歌集」(訳者 峯村文人 小学館)の訳 題知らず 西行法師 ものの数ではないつまらない身の心の過ちにして、あ…

新古今和歌集 巻第十三 恋歌三 1201

新古今和歌集 巻第十三 恋歌三 1201 題知らず 八条院高倉 いかが吹く身にしむ 色の変るかな 頼むる暮の 松風の声 新編日本古典文学全集「新古今和歌集」(訳者 峯村文人 小学館)の訳 題知らず 八条院高倉 どのように吹くのか。 身にしみる様子が変わっている…

紫式部集 39

紫式部集 39 遠き所へ行きにし人の亡くなりにけるを、 親はらからなど帰り来て、悲しきこと言ひたるに、 いづかたの雲路と 聞かば訪ねまし 列離れけむ 雁がゆくへを 現代語訳(渋谷栄一) 遠い所へ行った友人が 亡くなってしまったことを、 親や兄妹などが京に…

枕草子 82 頭の中将の、すずろなるそら言を

82. 頭の中将の、すずろなるそら言を 頭の中将の、すずろなるそら言を聞きて、いみじういひおとし、「何しに人とほめけん」など、殿上にていみじうなんのたまふ、と聞くにもはづかしけれど、まことならばこそあらめ、おのづから聞きなほし給ひてんとわらひて…

白氏文集 卷十七 廬山草堂、夜雨獨宿、寄牛二 李七 庾三十二員外

廬山草堂に、夜雨独り宿し、牛二・李七・庾三十二に員外に寄す 白居易 丹霄攜手三君子 白髮垂頭一病翁 蘭省花時錦帳下 廬山雨夜草庵中 終身膠漆心應在 半路雲泥迹不同 唯有無生三昧觀 榮枯一照兩成空 丹霄に手を携ふ 三君子 白髪頭に垂る 一病翁 蘭省の花の…

古今和歌集 巻一  春上  2

古今和歌集 巻一 春上 2 紀貫之 春立ちける日よめる 袖ひちてむすびし 水のこほれるを 春立つ今日の 風やとくらむ 古今和歌集 片桐洋一訳 笠間書院 暑いさなか、袖が濡れんばかりにして手ですくった、 あの山の清水が冬には凍っていたのを、 今日、この立春…

新古今和歌集  巻第十四  恋歌四  1267

新古今和歌集 巻第十四 恋歌四 1267 題知らず 西行法師 月のみやうはの 空なる形見にて 思ひも出でば 心通はん 新編日本古典文学全集「新古今和歌集」(訳者 峯村文人 小学館)の訳 題知らず 西行法師 月だけが上空に浮いているお互いの形見であって、お互いに…

新古今和歌集  巻第十三  恋歌三  1196

新古今和歌集 巻第十三 恋歌三 1196 西行法師、人々に百首歌よませ侍りけるに 藤原定家朝臣 あぢきなくつらき 嵐の声も憂し など夕暮に 待ちならひけん 新編日本古典文学全集「新古今和歌集」(訳者・峯村文人・小学館)の訳 西行法師が人々に百首の歌を詠ませ…

新古今和歌集  巻第十三  恋歌三  1227

新古今和歌集 巻第十三 恋歌三 1227 題知らず 小侍従 つらきをも恨みぬ われにならふなよ 憂き身を知らぬ 人もこそあれ 新編日本古典文学全集「新古今和歌集」(訳者 峯村文人 小学館)の訳 題知らず 小侍従 あなたの冷淡なのをも恨まないで、耐えている私に、…