薄雲 十首
雪深み 深山の道は 晴れずとも なほ文かよへ 跡絶えずして
明石の君 ⇒ 乳母(贈歌)
【意訳】
雪が深く積もり、この奥山の道は閉ざされましょうが、都からのお便りだけは、どうか絶えずお届けくださいませ。
※「文」と「踏み」の掛詞。
「雪」と「晴」、
「踏み」と「跡」は縁語。
「乳母と姫君が二条院に移ってしまっても、手紙だけは遣わしてください」の意。
雪間なき 吉野の山を 訪ねても 心のかよふ 跡絶えめやは
乳母 ⇒ 明石の君(返歌)
【意訳】
雪の絶えぬ吉野の深山であろうとも、必ず心を通わせ、まことの情を託した文を、けっして絶やすことはございません。
末遠き 二葉の松に 引き別れ いつか木高き かげを見るべき
明石の君 ⇒ 光源氏(贈歌)
【意訳】
まだ幼き姫君とお別れ申し上げて、いかにして、やがてはお健やかに成長なさる御姿を拝する日が訪れましょう。
※「二葉の松」は姫君を喩えている。
明石の君と幼い明石の姫君との別れ。
生ひそめし 根も深ければ 武隈の 松に小松の 千代をならべむ
光源氏 ⇒ 明石の君(返歌)
【意訳】
生まれ出でたご縁も深きゆえ、やがては共に暮らしを営める日を迎えましょう。
※「武隈の松」は明石の君、
「小松の千代」は姫君を指す。
母子がいつか一緒に暮らせるようになると慰めている。
舟とむる 遠方人の なくはこそ 明日帰り来む 夫と待ち見め
紫の上 ⇒ 光源氏(贈歌)
【意訳】
あなたをお引き留めなさる御方がいらっしゃらぬのであれば、明日にはお戻りあそばすと信じ、心待ちにいたしましょうけれど。
※「明日帰ると言っているけど、明石の君にひきとめられてきっと帰ってこないでしょう」の意。
行きて見て 明日もさね来む なかなかに 遠方人は 心置くとも
光源氏 ⇒ 紫の上(返歌)
【意訳】
少し参りて様子をうかがい、明日にはすぐに帰って参りましょう。
かえってあちらの御方がご機嫌を損じようとも。
入り日さす 峰にたなびく 薄雲は もの思ふ袖に 色やまがへる
光源氏(独詠歌)
【意訳】
夕日を浴びて峰にたなびく薄雲は、嘆き沈むわが喪の衣の袖の色に、まるで寄せたかのように思われます。
君もさは あはれを交はせ 人知れず わが身にしむる 秋の夕風
光源氏 ⇒ 斎宮の女御(贈歌)
【意訳】
あなた様にも、わが恋のあはれをお分かちいただきたく。人知れず、ひとり身にしみて感じ入る秋の夕風にございますれば。
※源氏は斎宮の女御に恋心をほのめかす。斎宮の女御からは返歌は無い。
漁りせし 影忘られぬ 篝火は 身の浮舟や 慕ひ来にけむ
明石の君 ⇒ 光源氏(贈歌)
【意訳】
明石の浦に揺らめきし漁り火を思い出させる、この篝火は、憂き浮舟のごときわが身を追い慕ひて、ここまで寄り添ひ来たのでございましょうか。
※「浮き」と「憂き」をかけている。
浅からぬ したの思ひを 知らねばや なほ篝火の 影は騒げる
光源氏 ⇒ 明石の君(返歌)
【意訳】
わが浅からぬ思ひを、いまだお汲み取りくださらぬゆえに、なおも御心は、篝火の影のごとく揺らめき騒いでおいでなのでございましょう。
※「思ひ」に「火」をかける。

入り日さす 峰にたなびく 薄雲は もの思ふ袖に 色やまがへる
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藤壺の宮の崩御という背景を知らずとも、夕映えの薄雲と「袖の色」という取り合わせだけで、聞き手の胸にしみいる余韻を残します。 -
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