新古今和歌集 巻第一 春歌上 10
百人秀歌 73
権中納言国信
堀河院御時、百首歌奉りけるに、
残りの雪の心をよみ侍りける
春日野のした萌え
わたる草の上に
つれなく見ゆる
春のあは雪

新編日本古典文学全集「新古今和歌集」(訳者・峯村文人・小学館)の訳
堀河院の御代に百首の歌をさしあげた時に、
「残雪」の趣を詠みました歌
権中納言国信
春日野の地中から一面に生え出る草の上に、
まだ消え残って、無情に見える春の淡雪よ。
意訳
題詞:堀河天皇が主催された「堀河院御時百首歌」に寄せて堀河天皇に奉った御歌です。
堀河天皇の女御であられた藤原苡子様が崩御なさいました。
幼くして母を喪った皇子と、寂寥の趣きを湛えた天皇のお姿を、「春の名残の雪」に譬えて詠んでおります。
作者
権中納言国信
永長元年(1103年)正月二十五日、
堀河天皇の女御であられた藤原苡子(ふじわらのいし・しげこ)様は、第一皇子・宗仁親王(のちの鳥羽天皇)をお産みになった直後、難産のため、わずか二十八歳の若さで崩御なさいました。
春日野には、最愛の御方を喪われた悲しみのうちに、寂寥の御姿の天皇がおいでになります。
人知れず、亡き御方を偲ばれ、尽きせぬ御思いに沈んでおいでなのでしょう。
亡き母君の面影を宿す皇子は、無心に御膝に憩うておられます。
伴侶を喪われた悲しみの中で、天皇は春の淡雪のように、絶えず御目に涙を湛えていらっしゃいます。
いまだ幼い春宮は、母の不在を悟ることなく、変わらぬ御心で天皇のおそばに寄り添っておられるようです。
幼き皇子の御姿があまりに哀れに思われ、また、亡き女御の御面影を偲ばせるため、私の瞳にも、春の残雪のように涙がとどまることがありません。
解説
「堀河院御時百首和歌」「堀河院太郎百首」「堀河院初度百首」とも称される「堀河百首」は、堀河天皇の康和年間(1099~1104)に催された御歌集です。
「奉りける」は、堀河天皇に御歌を捧げた意を示します。
源国信が権中納言に任ぜられたのは、長治元年(1102年)のことです。
本歌には「死に遅れる」「泣いている」という語が詠まれており、当時、堀河天皇の周囲において、これらの語句が詠まれた背景にふさわしい出来事を探究しました。その結果、堀河天皇の女御であられた藤原苡子様が、永長元年(1103年)正月二十五日に崩御なさったことが明らかとなりました。
苡子様は、第一皇子・宗仁親王(のちの鳥羽天皇)を御出産なさった際、難産のために二十八歳の若さで崩御なさったのです。
この御歌には、堀河天皇の御心や御振舞い、母を喪った皇子の御姿、さらにはそれを目の当たりにする作者自身の思いまでが悉く詠み込まれています。
言葉の妙を尽くし、あらゆる視点から情景が立ち現れるこの歌が、藤原定家によって「百人秀歌」に選ばれた所以も、実によく理解できます。

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