かぐや調の和歌(紫式部日記≒竹取:式部集≒伊勢)]
この紫式部三作品の対比(日記18首・式部集126首・源氏物語795首)から、宮中での紫式部は、特に人前や職場でのコミュニケーションが求められる場面において、独自の個性を極力抑えたと見ることができます。ただし、道長の強要など、特別な事情がない限り、この徹底した自制は崩れることはなかったと言えるでしょう。
そのため、『紫式部日記』の18首は、ほとんどの場合、紫式部にとって厄介で避けられない状況で詠まれたものと考えられます。この点に関して、彼女の公的な場での詠歌が、赤染衛門や藤原公任の作品と比べて劣るとする見方もありますが、比較にどれほどの意義があるのか、慎重に考える必要があるでしょう。和歌の王道は、四季や恋歌が主であることは『古今和歌集』の構成(342首・360首)からも明らかです。また、賀の歌は一巻に22首しか含まれておらず、これは公任や赤染が紫式部に比べてどれほど知名度や影響力を持っていたかを示す一例に過ぎません。そうした批判は、世界的な名誉を持つ勝者に対して、あたかもチーム力や技術的な側面で劣ると評するような、不適切なものです。もし赤染や公任を評価したいのであれば、彼らの功績を讃えればよいでしょう。こうした言説が影響力を持つこと自体、知的実績や国の力の差を浮き彫りにしていると言えるでしょう(神や信仰を単なる方便と見なす、公権力中心主義の人々の傲慢さを反映しているとも言えます)。
さらに、『紫式部日記』、『紫式部集』、『源氏物語』という三作品は、『竹取物語』や『伊勢物語』ともパラレルな構成を持っており、日記の和歌は、彼女が称賛した『竹取物語』のかぐや姫の歌風(滑稽の揶揄)に通じるものがあります。すなわち、『源氏物語』は、形式的には『竹取物語』と『伊勢物語』の融合とされることが一般的ですが、物語調の18首は『竹取物語』の15首と、また、簡素な詞書と和歌が続く『紫式部集』の126首は『伊勢物語』の125段と対を成しています。『竹取物語』と『伊勢物語』の影響は、『源氏物語』だけでなく、紫式部の行動原理にも深く関わっており、これら二作風と無関係に彼女の作品を論じることはできません。
道長和歌の配置と文脈
道長との贈答和歌は、『紫式部集』の要所に配置されています。しかし、このことから道長を特別視していたわけではありません。『紫式部集』全体で126首ある中で、道長の和歌はわずか2首に過ぎません。このことから、道長を重んじていたとは考えにくいのです。大河ドラマなどで描かれる二人の親密な関係には、客観的な根拠が乏しいと言えるでしょう。実際、日記の中で、道長とのやりとりは彼女にとって迷惑であったことが多く、その様子は彼女が敬愛した『竹取物語』の上流貴族への批判精神と重なるものがあります。
日記中、道長の和歌は3首登場しますが、これは公務日誌としての性格を反映しているに過ぎません。道長との特別な恋愛関係や、彼が『光源氏』のモデルであったという説を裏付けるものではありません。彼女が道長に対して抱いた不快感情は、現代で言うパワーハラスメントやセクシャルハラスメントに相当する行為であったと考えられます。
このように、紫式部が道長との関係を特別視していたという説は、一次資料に基づかないものであり、彼女を貶める結果となっているのです。紫式部の文章は、批判的かつ鋭い視点で構成されていますが、そうした彼女の強烈な批判精神が道長に対して適用されない理由はありません。むしろ、そのような批判的視点こそが、彼女が『竹取物語』を称賛する理由であり、その精神を貫いていたと言えるのです。
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