貢物許されて国富めるを御覧じて
仁徳天皇御歌
高き屋に登りて見れば煙立つ民のかまどはにぎはひにけり
(新古今和歌集 巻第七 賀歌 707)
『東錦昼夜競』より「仁徳天皇」(部分)1886年(明治19年)楊洲周延 画
貢物を許されて国の富んでいるのをご覧になって
仁徳天皇御歌
高殿に登って見ると、炊煙がさかんに立っている。
民の竈は賑やかになったことだ。
題詞;仁徳天皇が、租税や労役を免除された結果、国が豊かに富む様子をご覧になって。
作者;仁徳天皇(の治世を詠んだ者)
仁徳天皇は、国の様子、民の様子をよく見守っておられました。
(租税や労役を免除した数年後)
庶民の生活の様子をよく見渡せる高い御殿に登って見れば、人々が煮炊きをしている竈の煙が美しく見えました。
仁徳天皇は、人々の生活が富み栄え、活気が戻って賑やかな光景となったことを喜ばれました。
これが、仁徳天皇の御代が優れていると評価される所以です。
4世紀末から5世紀前半に実在した第16代天皇。
即位4年、人家の竈(かまど)から炊煙が立ち上っていないことに気づいて3年間租税と労役を免除した。
その間は倹約のために宮殿の屋根さえ葺き替えなかった。
即位7年、3年が経過して再び山の上から国を眺めると、どの家からも煙が立ち上っていた。諸国は課税再開を要請したが、結局即位10年まで課税停止は延長された。
仁徳天皇の治世は仁政として知られる。
租税再開後は大規模な灌漑工事を実施し、広大な田地を得た。
これらの業績から聖帝(ひじりのみかど)と称され、その治世は聖の世と称えられている。
即位67年に百舌鳥耳原を陵墓地と定め、即位87年に110歳で崩御。『古事記』に83歳。
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