雲心月性...

慈愛する和歌を拙筆くずし字で紹介致します。

新古今和歌集 巻第一 春歌下 114 拾遺集 春歌 50

摂政太政大臣家に五首歌よみ侍けるに

またや見む交野のみ野の桜狩花の雪降る春のあけぼの 

藤原俊成(太后宮大夫俊成)

(新古今和歌集 巻第一 春歌下 114)

 

桜狩雨は降りきぬおなじくは濡るとも花の影に隠れむ

詠人不知

(拾遺集 春歌 50)

 

 

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和樂様以下引用

 3月、雛の節句が終わると人はたちまち桜の気配に敏感になりはじめる。桜前線がどこまで北上してきたかはニュースとして報道されたりする。桜はどうしてこうも人の心をさわがせるのであろう。

 ここに掲げた俊成(しゅんぜい)の歌は建久(けんきゅう)6年(1195)2月に行なわれた摂政(せっしょう)太政大臣(だじょうだいじん)良経(よしつね)邸の歌会で詠まれたことが詞書(ことばがき)などで知られている。俊成82歳の作である。

「交野の春のあけぼのを、また見ることができようか。もうそれはなかろう。しかし忘れない。桜の花片(はなびら)が雪のように散る、夢かと思うあのあけぼのを」とうたっている。

「花の雪散る春のあけぼの」という極美なイメージと幻想的な情景が、初句と三句で詠嘆深く切った言葉のひびきのあと、一気に迫ってくる。そしてまた、交野の桜狩りの場はあの伊勢物語の中で、不遇な生涯をもった惟喬親王(これたかしんのう)の桜狩りの場であったことを思い出してもいい。

 親王は文徳(もんとく)天皇の第一皇子であったが、藤原氏の権勢に押されて失意の日々を送っていた。在原業平(ありわらのなりひら)が親王の側近にあったのは、業平の妻の叔母が親王の母であり、文徳天皇の更衣(女御の次位)であったからである。

 交野は桜の名所でもあったが鷹狩りの御料地でもある。桜狩りはこの鷹狩に伴う酒宴の場の風雅に似合わしかったのだ。交野では渚院(なぎさのいん)と称するあたりの桜が最もよく、人々はその木のもと腰をおろし、桜の小枝を冠などに挿して酒宴を開き歌を詠んだ。

 世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし(世の中に人の心をさわがせる桜というものが全くなかったら、咲くにも散るにも心をつかうことなく、どんなにかのどかなことであろうよ)。業平はこんな歌を即興に詠んで披露した。

伊勢物語』第八十二段「渚の院」の一場面。別荘で桜を讃え和歌を詠む惟喬親王在原業平の一行が描かれている。『観桜図屏風』かんおうずびょうぶ 住吉具慶 江戸時代・17世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

 

 ところで掲出したもうひとつのよみ人しらずの歌は、風流な面白さがあるので広く知られていた歌である。一条天皇の時代、殿上人(てんじょうびと)たちが東山の花盛りを眺めようと出掛けたところ、折悪しく俄雨(にわかあめ)となり、一同は大騒ぎして屋根の下へと逃げ込んだが、当時歌人としてその名が高かった藤原実方(さねかた)は雨を避けず、桜の花の木下(このもと)に佇(たたず)み、涼しい声でこの歌を朗誦(ろうしょう)したのである。

「桜狩り雨は降り来ぬ同じくは濡るとも花の影に宿らむ」、結句が少し違うが、場面と歌とはぴったりの現場感があり、人々は感動し賞讃(しょうさん)した。

 評判は広まり、一条天皇のお耳にも入れようと、時の大納言斉信(だいなごんただのぶ)が奏上(そうじょう)したのだが、折ふしその場にあった蔵人頭(くろうどのとう)の才人行成(ゆきなり)は批判し、「歌は面白し、実方はをこ(愚おろかもの)なり」と言い放った。「歌はいい歌だが、実行するとは愚かものだ」と言ったのである。

 じつに面白い対決の言葉であった。実方は以降行成に遺恨(いこん)をもち、或時(あるとき)は口論となり行成の冠を取って庭上(ていしょう)に投げ捨てたりしたが、やがて左遷をうけ陸奥守(むつのかみ)として下向(げこう)し、彼(か)の地に果てた。

『花下遊楽図屏風』かかゆうらくずびょうぶ 国宝 狩野長信 江戸時代・17世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

 

馬場あき子
歌人。1928年東京生まれ。学生時代に歌誌『まひる野』同人となり、1978年、歌誌『かりん』を立ち上げる。歌集のほかに、造詣の深い中世文学や能の研究や評論に多くの著作がある。読売文学賞毎日芸術賞斎藤茂吉短歌文学賞、朝日賞、日本芸術院賞紫綬褒章など受賞歴多数。『和樂』にて「和歌で読み解く日本のこころ」連載中。映画『幾春かけて老いゆかん 歌人 馬場あき子の日々』(公式サイト:ikuharu-movie.com)。

構成/氷川まりこ 
本記事は雑誌『和樂202245月号)』の転載です。

引用終

 

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